「夢の続き」

 僕は牧師の子供として生まれ育ち、人生の多くを教会のすぐ近くで過ごしてきた。教会には多くの現実がある。多くの人がいて、多くの悲しみがあり、多くの苦悩があり、多くの生と死がある。人間が多く集まると、そこは罪の見本市のようになる。欺き、自尊心、不寛容、名誉欲、陰口、謀略、偏見、数え上げればきりがない。ここに神はいるのか?と思うことだって多い。
 新しい天と地を見た人はこう言った。「神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや悲しみも嘆きも労苦もない。(黙示録21:3、4)」絵空事か?夢みたいな話だ。
 でも僕は信じていた。それは現実からあまりに遠い夢だったけど、いつかそこに行くのだと思っていた。僕はアホみたいに単純に信じて、色んな人にこの夢教えなきゃと色んなことをしてみた。実を結ぶこともあるにはあったが、大変なことが多すぎる。だんだん、うんざりしてきた。
 それなのに夢は追ってくる、夢はどんどん僕のリアルになり、いつしか夢の中で生きているようになってきた。昼間から夢を見ている、ほとんどアブナイ人だ。人生の全てに神が干渉し、僕は神と共に笑い、神と共に泣くようになってきた。
 ある日同じ夢を見ている人達に出会った。しかも年の近い人達。驚愕の出来事だった。彼らは聖書を文字通り信じていた。ナザレのイエスがメシアだと信じていた。夢みたいな話を本気で伝えられると思っていた。
 彼らと過ごす日々の中で僕は確信するようになった。この夢はいつか完全になる日が来るのだ。昔、同じ夢を見ていた人がこう言った。「わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。(Tコリ13:12)」
 そろそろ夢見る仲間達と別れるときが来た。僕は昔いた場所に戻っていく、そこで夢をまた見続けるのだ。仲間達はそれぞれの場所で夢を見続けてくれるのだろうか?この、夢見る人の群れはこれからも夢を見続けてくれるのだろうか?
 最近気に入っている歌がある。こんな歌だ。「夢の続きを聞かせて 仕事のことは忘れて 世界が変わると言っていた 夢の続き  誰かが笑い出すと 君は怒りだして いつか夢じゃなくなる時が きっと来ると言っていたね …あの日から続いてる 君の僕の まだ終わらない 夢の続きを聞かせて 聞かせて」(小坂忠、夢を聞かせてin “People”)
 1年後、5年後、10年後、あるいはもっと先になったとしても、会った時は夢の話をしよう。夢の続きを聞かせて欲しい。
 
「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。(ヘブル11:1)」



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